川面寿子: みんな隣人! 団地ではじまる新たなお隣づきあい

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みんな隣人! 団地ではじまる新たなお隣づきあい

私は千葉県松戸市の小金原団地で「小金原6−7元気くらぶ」という活動をしています。小金原6−7は団地の住所です。その名のとおり、団地で暮らす人たちが、自分たちで、身体も心も元気になるように始めた活動です。団地で暮らす人たちを巻き込んで、一緒に集まり、おしゃべりをしたり、歌を歌ったり、地域活動をしたり、学びや身体活動をしたりしています。
私が小金原団地に移り住んだのは1969年、26歳の時でした。ここでずっと暮らし、3人の子供を育て上げました。私は今、80歳になります。団地で暮らす人たちの高齢化はどんどん進んでいます。以前は活発だった隣近所の活動も少なくなりました。67歳のときに民生委員の委嘱を受けましたが、そのなかで「自分から外に出て話しはできないけど、人とは話をしたい」という声があることに気づきました。団地には断絶とも思える玄関の鉄の重い扉があります。でも私は「みんな隣人」という思いで声をかけました。これまでには聞こえていなかった声が聞こえてきました。「小金原6−7元気くらぶ」はそうした声が集まって生まれました。
今日は高齢者ばかりの私たちが、新型コロナ禍でオンラインに初めて挑戦した取り組みや、医歩との出会いなど、私たちの活動のこれまでとこれからをお話ししたいと思います。

川面寿子 Kawadura Hisako

小金原6-7元気くらぶ

みんな隣人! 団地ではじまる新たなお隣づきあい

ご紹介いただきました、川面と申します。現在、千葉県松戸市、小金原団地で「小金原  67元気くらぶ」という活動をしております。15分だということですので、原稿を読ませていただきます。少し、私の生い立ちをお話させていただきたいと思います。

 (背景に川面さんの生い立ちの写真がスライドショーで投影される

 私は80年前、九州、宮崎県の日向灘に面した霧島連山を遥かに仰ぐ、自然豊かな新富町で生まれ、9人家族の中で育ちました。戦後の貧しく大変な時でしたが、今にして思うと皆で助け合い、楽しく生活していたような気がします。

 昭和38年、20歳の時に上京し、青山に住みました。当時の日本は東京オリンピックを迎える準備に追われていました。昭和44年、26歳の時、宅地開発の波に乗って造られた松戸市の小金原団地に何も分からないところから住み始めました。団地の周りには小学校が次々と開校され、若者の活気に溢れていました。ここに住んで3人の子育てをする中で、社会奉仕、勤労奉仕、地域活動等が盛んで、私も友人と助けあいながら、子連れで参加したこともあります。

54歳の時、私の住む団地の老人会の会長さんの「これからの老人は友人を沢山作ることが大事」との呼びかけに私は友人と2人で男性料理教室を引き受けて25年になります。 67歳の時、民生委員の委嘱を受け多くの方と話していく中で「自分から積極的に外に出て話すことはできないけれど人とはお話をしたい」という人が多いのに気づきました。

団地の宿命でしょうか。あの断絶にも思える重いドアがとても気になりましたが、私は【みんな隣人】という感覚になって、誰にでも声かけできるようになりました。そんな中で、80歳を過ぎた女性の方から「身近な所で体を動かす場所を作って欲しいのよね」との希望がありました。そんな希望をどうすれば叶えられるのか。考えているうちに1年が過ぎて いきました。

69歳の時、松戸市の広報誌に「元気づくりの通いの場、募集」という文字が目に映り  ました。さっそく老人会の新年会で記事を披露したところ、テーブルを囲んでいた6人が、「これはいいわね、こんな所が欲しかったよね」と今まで特別親しい間柄ではなかったのに、すっかり意気投合して説明会に参加しました。

しかし、申請の要件等を聞き、やっぱり、私たちには無理だ、と結論をだそうとしていたところ、プロジェクトの担当の課長さんに「この6人で10分間、手足を動かしてお茶を飲んでおしゃべりをすればいいじゃない」と、とても分かりやすい説明に「え、それで良いんですか?」「それで良いんですよ」その言葉にすっかりその気になって、応募の提出をし、2月26日採択の決定を受けました。

平成28年、4月8日から第1回小金原67元気くらぶがスタートしました。毎週金曜日、2時間、月4回実施することにしていました。何が何だか分からないままに男性6人、女性26人の参加者の方を前に、こんなあいさつをしていました。

「ようこそ、67元気くらぶにおいでくださいました。この会は隣のお家に行くつもりで気軽に立ち寄り参加者とスタッフが一緒になって体を動かし、歌をうたって笑って今日も来てよかったといってもらえるような時間づくりを目標にしています。動きやすい服装で上履きとタオルとお好きな飲み物をご持参ください。お茶もお菓子も出ませんが会場費用50円をいただければと思います」

2時間をどう楽しむか。2か月ぐらい試行錯誤で、約45分間のYouTubeの体操も上手く繋がらなかったり、講師の先生をボランティアでお呼びすることの難しさや、折り紙や手先の作業は人によっては苦痛なことが分かりました。そして何より、スタッフが疲れ果てては長続きしない。スタッフが楽しんでいれば参加する人も楽しめていると気づき、すべてのことをスタッフも一緒に参加することにしました。

そしてあちこち相談をかけていくうちに活動の協力者に出会えました。スタートして2か月目、地元のアサヒ神経内科、リハビリテーション病院半年毎に体力測定をやっていただけることになりました。今年の7月で6年半分、13回の貴重な記録が出来ています。結果を見ると参加者全員が若返っていますが、スタッフの認知面が著しいと説明があり、頑張りの源になっています。

また、同じ年の7月から2か月に1回、NPOのストレッチの専門の先生にご指導いただけることとなり、楽しみな1日が増えました。時には松戸市や生協の出前講座、また、プロボノの力を借りたり年末にはプロのピアニストの先生の演奏会やお琴の演奏会のイベントも加わり、活動の道筋が見えてきました。また、地域包括支援センターから、認知症サポーター、オレンジ声掛け隊、オレンジ協力員等の登録に向けて、公演にきていただいて、参加者の意識を高めてもらっていります。2016年11月に開始された都市型介護予防モデル松戸プロジェクトに参加、マイレージにも参加して健康づくりへの関心を高めています。

この元気クラブを通してこんなことがありました。2016年11月に千葉県長生郡から14名の方の見学を受けました。また2019年2月に長野県浅間山のふもとの美緒田町はつらつサポートセンター30名からスキルアップのための視察も受けました。そして7月にはスタッフ5名で美緒田町を訪問、交流をさせていただき、大変勉強になりました。私たちの元気クラブの特徴としてよく言われることは、男性の参加者が多いこと、地域包括支援センターからの紹介での参加があること、1人で参加しても少しも気後れしないなど、1週間が待ち遠しいとの声も多く届きます。参加費が50円なのが魅力なのかもしれません。口コミで地区外の人や、お隣の市からの参加もあります。

そしてもう1つ、2019年9月に大事な出会いがありました。松戸100人会議を主催していらっしゃる統括クリニック、ミライの院長の秋山先生が医歩・メディカルウォーキングを毎月1回開催されていることを聞き、スタッフ2名で参加しました。そこで「医歩は健康を維持し増進する歩行法です。医歩は市民と医療者が一緒になって行う、健康の維持と増進のための取り組みです」とのお話を聞いて元気くらぶの参加者にも是非知ってもらいたいと思い、受付の方に行って「医歩の出前講座を私たちの団地で是非開いていただきたいのです」とお願いして帰路につきました。

その翌年、2020年3月から松戸市も新型コロナウイルス感染拡大のため、元気クラブも自主生活に入りました。皆さんはこの時期をどのようにお過ごしだったでしょうか? 私たちは3か月後の5月の終わりごろには電話や出会った人から「元気くらぶはいつから再開しますか?」との問い合わせが多数届くなった頃、朝日病院の先生から「元気クラブの 再開に向けて相談にのりますよ」とお声を掛けていただいたのでスタッフ全員9名で朝日病院に行き、様々な情報のある中で、参加者の感染予防のため何をしたらよいのか、予防 対策に必要な物品の費用をどうするのか?コロナ感染者が出た時の責任はどうなるのか、などについて相談をしました。そして出された結論は換気シミュレーターの結果「参加者は25,6名は大丈夫だから、とりあえずスタッフ9名で活動してみて要領を得たらまずは 6-7地区だけで始めることにしましょう」朝日病院の先生のご指導のもと、10月から 活動を再開することができました。

2021年3月、医歩の出前講座をお願いしていた秋山先生から「出前医歩の準備がやっとできました!」ととても弾んだお声のお電話をいただきました。突然のお電話にびっくりしながらも心からのお礼を申し上げ3月31日に実行していただけることになりました。当日は雲一つない青空で、桜満開の中、先生方をお迎えできて、会場には密ギリギリの32名の参加者があり、ウォーキングの関心の深さを改めて知らされました。先生の講義が終わり外に出て医歩の実習が始まりました。緩急をつけて歩き始めると笑顔と笑い声が公園いっぱいに広がって2時間はあっという間に終了しました。その後の元気クラブの活動には日光浴をかねて、会館をとびだし、公園で医歩とおしゃべりを楽しんでいます。

また2021年4月から始まった秋山先生の医歩のオンラインイベントにはパソコンを会館に持ち込んでZoomをつないでオンラインで参加しています。通信事情が悪かったり、私の操作が未熟で上手くいかないこともありますが、先生方の優しいご指示と楽しくお声がけしてくださるので、家で独りで見るより、大勢で一緒に見る方が楽しいと15,6人集まります。「今日の体操は私にピッタリだったわ」「今日は私の悩みが解けた」「今度はこんな相談をしていいかしら?」などオンラインなのに直に聞くより、近く感じられるのは身近な会場だからでしょうか。知っている人と一緒だからでしょうか。「沢山の先生方とオンラインでお話を楽しめば、病気なんて治っちゃうよね、オンラインって凄いね」79歳から89歳の20名のメンバーが、みんなで励ましあいながら松戸プロジェクトのタブレット教室や松戸市呼びかけのスマホ教室に参加して、こんな年寄りでも、それなりにスマホを扱えるようになれたのは、何も分からなかった私たちに根気強くご指導してくださった先生方のおかげだと感謝しております。

今では「東の空に虹が出てますよ」「富士山が綺麗に見えます」「彼岸花の蕾が出てきましたよ」など、スタンプや写真や癒される動画など地域の情報が飛び交い、また、連絡事項も「明日は9時から医歩です」「明日は9時から健康縁日ですよ」「明日は生活リハビリの研修会があります」などを、スマホのラインやメールで連絡しあえるような時代に出会えた私たちは、これからきっと楽しい日々を過ごせるに違いないとワクワクしています。

2年前から朝日先生ご提案の「最後まで暮らしたい町に向かって」というテーマの実現に向けて、私たち元気クラブも向こう三軒両隣の精神で皆さんのご協力をいただきながら、 地域共生社会の一員として活動していこうと話し合っています。

ご清聴ありがとうございました。

このプレゼンテーションは動画をもとにごめんやっしゃさんがテキスト化をしてくれました。
ごめんやっしゃさんからは次のメッセージを頂いています。
「デジタルツールがコロナ禍での地域共生にも有用に活用されているなと感じました。また、これをきっかけに、デジタルツールが高齢者のコミュニケーションの手段としても定着し、生活の質の向上にも寄与しているのかなとも思いました。非常に興味深い事例でした。」
ごめんやっしゃさんどうも有り難うございました。

 

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