中村悦子:能登から発信できること

  • 内容:Contents
  • プレゼンター:Presenter
  • テキスト:Transcript

能登から発信できること

私は能登で生まれて能登で育ちました。 両親が病弱だったため一人っ子の私は中学2年くらいのころから、「いつか独りになっても生きていけるように看護師になろう」と思っていました。看護師になった私は、3年間の大学病院での勤務ののち地元で唯一の急性期病院に勤務し、結婚して3人の子供に恵まれました。 嫁いだところは、今年NHKの朝のドラマ「まれ」でちょっと有名になった「間垣の集落」より、さらに奥にある「奥能登最後の秘境」と言われている漁村です。ここでの生活が私を強くしてくれました。 ある日、医師の往診に同行して、拘縮が強い患者さんの更衣を一人で行っているヘルパーさんに遭遇します。その光景を見た私は「病院の看護師だって地域に出ないと!」と、病院に訪問看護の立ち上げを提案しました。その後、NSTが稼働することになり、訪問看護師の立場で地域一体型NSTを目指して模索する日が続きます。そして、栄養サポート室が新設され専従として病院内の栄養管理にかかわっていきました。というわけで、病院は私が提案する「病院の中にあったらいいな」と思うことを一つずつ実現してくれました。しかしながら、高齢者が入院をきっかけに在宅生活を断念し施設へ入所という寂しい転帰が後を絶ちません。地域では何が起きているのか、そして専門職としてできることはないのか、そんなことを考えながら勤務していましたが、公務員のままでは活動には限界があり思い切って退職することにしました。 今、私は地元のショッピングセンターの中で「地域にあったらいいな」を一つずつ実現させています。過疎化・高齢化が進み20年後の日本といわれる能登で、これからも高齢者や障害者、そして私自身の可能性を追求し発信していきたいと思います。

中村悦子

みんなの健康サロン 海凪

能登から発信できること

皆さん、こんにちは。能登で看護師をしております中村と申します。今日はよろしくお願いします。今ほどご紹介に預かりましたけど、「キャンナス」という有償ボランティアの訪問看護もやっております。そのユニフォームで来ました。こんな感じです。あんまり、この年でピンクを着ることはなかったんですが着てきました。

有償ボランティアの「キャンナス」で造語です。「キャンナス」というのは。「キャン」できることをできるだけ実践する看護師、ナースの意味で、私は全国で75番目です。今も90を超えている状況で年度内には100になるんじゃないかなというです感じです。

要は保健外サービスの訪問看護になります。介護者の方に、委ねられているケアを介護者に代わってやる訪問看護です。

この方が、キャンナスの代表です。菅原由美さん。藤沢にいらっしゃいます。私が訪問看護をやっている時に彼女と知り合って、大きく看護観が変わりました。

突然、びっくりするんですが、ここが私が住んでいるところです。びっくりしますよね。この山の中腹にタンクがありまして、わたしが嫁いだ時には水道がなく、ここのタンクのため水を飲んでいました。おそらく消毒もしてなかったみたいで、これ、youtubeにでるんですね。怒られるかもしれない。ほんとうにため水を飲んでいたので、冬になると大寒の水を一升瓶にたくさんとっておいて、夏になるとその水を飲んでいるような生活をしていました。けど、誰一人、感染症にもなりません。

水がないということで20件以上お家を冷やして増やしてはいけないということで、20件しかない集落です。

この奥をずっと行くと私の家があります。夏になるときゅうりとかトマトとかなすとか体を冷やすものを食べてアイスクリームとかシャーベットとかそんなものではないんですね。

冬になると根菜類を粕とか干菜とか捕れた魚を塩漬けにしておいてそういうもので出汁を取った、そういうものを食べて体を温めるという、本当に自然な食生活の中で私はだんだん強くなっていきました。

実は私は、生まれも育ちも輪島市なんですけれども一人娘に育ちまして、かなり子どものころ病弱した。

実は保健室登校の経験もあります。実はこれ、親は知らないので、後で見たらびっくりすると思いますが、小学校2年から3年にかけては保健室登校でした。それで、ずっと体あまり強くなかったんですが、実は、両親もあまり強くなくて、その両親を見て育って、私はいつか一人になるんじゃないか、一人になってどうやって生きていくんだろうか、いろいろ考えて、考えて、考えて、なった結果が、看護師になろうと思ったわけです。

看護学校を出まして3年間、大学病院で勤務をし、そのあと地元に唯一の公立病院に勤務しました。

ここでは本当にありがたいことに、ここで私が病院にあったらいいなというものを病院は本当に叶えてくれました。訪問看護も立ち上げましたし、退院調整をしながら病院の中でやっている訪問看護なんだから退院調整をやりたいということで地域医療連携室も作っていただき、それから数年後、NSTが稼働します。栄養サポート室も作っていただいて、医科歯科連携の形が大体できたところで、いろいろ考えて、地域はどうなっているんだろうと思ったわけですね。

地域の課題はいろいろ挙げてみたけど、まだまだあると思います。これ一つ一つ取っても大変なことですが、とにかく輪島は、高齢化率が41%、高齢独居率が21%と石川県でトップです。75歳以上の一人暮らしが1000世帯以上ある深刻な中です。そういうところを地域を見てきて、病院にいてはなかなか見えないところをもっと見るべきではないかと、今なら看護師として地域に出てできることがあるんじゃないか、そう、考えました。

今年の3月に、退職をすることにしました。

輪島は55歳で、もう一回セカンドメモリアルゴーゴーで成人式をするんです。私は今年55歳になったのでもう一回二十歳になったつもりで、厚かましく、地域に出ることにしました。

今、ご覧になっていただいているのが、私の新しい職場です。ショッピングセンター「ファミイ」といいまして 病院の近くにある地元の商店街がたくさん集まった商店街です。

そこで、私は、「一般社団法人みんなの健康サロン海凪」を立ち上げました。「海凪」というのもなかなか読み辛くて、「うみたこ」とか「うなぎ」とか言わたんですけど。今は、だいぶ覚えていただきました。

意味は、「凪のように穏やかにすべてを受け入れる」という、私の通勤に使っている道を思い浮かべながらこの名をつけました。

「海凪」の3本柱ですけど、ご紹介した「キャンナスわじま」「みんなの保健室わじま」そして「地域栄養ケアの拠点」誰も言ってくれないので勝手に拠点にしてやっています。

「みんなの保健室わじま」は、皆さんご存知の福井にありますオレンジホームケアクリニックの紅谷先生が代表するクリニックで、福井の新栄商店街のシャッター商店街の中にあるブティックの跡地だったところです。そこを見学して先生に相談してロゴも全部使っていいよ、福井と輪島で連携してやろうと温かい言葉をかけていただきました。

そこで先生の気が変わらないように、去年の11月にショッピングセンターの中にこれを作りました。早速次の日に、それを嗅ぎつけた新聞記者さんが、一面に記事に書いてしまいましたけれど、病院から地方公務員法を知っているかといろいろ言われましたけれど、私、何も悪いことしてないです。

それが保健室の中です。私が持っている本を病院から持ってきまして、いろいろ、そろえていきました。その中のほとんどは、私の友達や大切な仲間がプレゼントしてくれたものです。

それで相談するところや居場所づくりをする中に、美味しいものを食べながら、語り合える居場所があったならと思い、まず、自分の地域にあったらなの、最初ですね。

それで、保健室の前には、100円均一がたくさんあったんです。

そこで、お願いして50坪そっくり移転してもらいました。脅しとかはなく、快く、契約してもらいました。

それで、4月になってキャンナスは、発会式をやることがあり、発会式を代表の都合で4月12日にやることになりまして、紅谷先生も講演を快く引き受けてくださいました。

学会の先生が手弁当で来て下さるとおっしゃたので面識民宿をひとつ借り切るり、そこで、市長さんに談判しまして、もう、たくさんの来賓の方がきてくださるので、ご挨拶を快く引き受けてくださいました。そこで、市のほうから前日に連絡がありまして、来賓の招待状を出した人のリストを出してくれと言われたんです。

実は、これは新聞の折り込みチラシです。市のほうには市民全員ですと新聞折り込みを出したので1万世帯にこれを配ったと思うから、その人たちが私の来賓ですと言ったら、そんなことが許されるかと言われたんですけど、私としては、私は公務員だから、コネもないし、市会議員さんと県会議員さんと国会議員さんの区別もつかないようなレベルなので、一応、これをお出しして、市のほうには、貸切った民宿の宿泊者の名前を顧客リストとしてお出ししました。

おかげさまで200人近い方が来てくださいまして、大盛況で、発会は終わりました。

その次の日からキッチンを作る準備に入ります。

それで出来上がったのが「ケアラーズカフェ海凪」です。

今は、ボランティアの人が2人来てくださって、料理とかもお手伝いしてくださっています。

こんな料理をお出ししています。カレーの時はカロリーが高いのでマンナンライスを入れています。基本は炊き込みご飯とみそ汁、野菜を中心としたお惣菜とスイーツもしくは果物を言う形です。朝、私の住まいは、さっきみたあのようなところなので、船もあって田んぼも畑もあるので、朝持ってきて、カウンターで並べてメニューを決めて、お出ししています。だから、その日その日の日替わりランチをワンコインでお出ししています。

結構、円背の小さなおばあちゃんがたくさんいるので、「こんな椅子、尻も痛うなるし」言われまして、畳を買うてくれと言われまして畳を購入しました。そしたら、寒くなったら、「こたつも買うてくれ」と言われているんですけど、「こたつは、勘弁してほしい」と言いました。

「指先セルフチェック検査3」ってご存知ですかね?指先からぽちっと血を採って、ヘモグロビンA1cと脂質4項目を採らせていただいてます。これも今、はじめました。

これはがレンタルショップからベッドを借りれるようになったので、本当にアンテナショップのように出していただいて、それを皆さんに実際に目で見ていただいているので、これは本当に助かっています。

栄養補助食品とか、を実は歯医者さんと一緒にやっている一般社団法人なので、こういう歯医者さんにしか売っていない口腔ケアグッズやなかなか通販でしか求められないような栄養剤とかもちゃんと説明してお売りしています。

その歯医者さんのことは、今日配信された「ツ・ナ・ガ・ル」の中で、「ツバメヤ」の女将が書いている変な歯医者です。

こんな方がおられました。身長を測ったわけではなく私と30分お話をして下さって、私は、いろいろありますが、石川県は自民党王国なので、本当、いろいろありますが、党派を超えて関係なく、いろんな人と私に興味を持ってきてくれているので、私は大歓迎で、その中で、つつみ隠さず自分の思いを話ししてます。

これは隣の高岡のキャンナス高岡が手弁当で認知症カフェをやっていたときに、彼女は、臨床美術士技術師の資格をもっているので、臨床美術技術をやってくれました。

男性介護者が本当に多いです。自営業の方が多くて縁がなかったみたいな独身の方とか、介護をきっかけに子どもを連れて嫁さんが出て行ったとか、いろんな方がいて、「メンズケアラーの会」も作りました。

がんサロンもやってます。毎月やっています。でも、輪島病院のかかっている患者さんじゃなくて、やっぱり遠いところに通っている方が地元に帰ってきても、がんを語る場所がないというので、私が、病院じゃないところにやりたいと、病院にいた時から思っていたので、そんな形でがんサロンをやっています。

そのことも能登初ということで、新聞に取り上げていただきました。

こうやってグループホームの方々が、ドライブに来てごはんとかを食べて行ってくれます。入所の方ってかかかっと掻き込んで食べられるので、実はこの後、窒息しそうになって、別の意味で新聞に出るんじゃないかと思って、本当に、心配したんですけれども。

それで、怖くなったので病院から吸引機を一台借りています。

障害者の方でが切り絵の上手な子がいて、どんどん、上手になっていくので、私はわが子のようにうれしいのですけど、この間、全国公募で3位ににもなり、大きく新聞に出てます。そういった障害者の作品もお売りしています。

2か月前から施設の窓口といいまして、輪島市の施設42か所が午前中2時間、午後2時間、輪番制で窓口を作ってくださったので、いろんな話をそこで聞けるから、詳しい制度のことがわからないからこっちにふることが出来て大変助かっています。

ショッピングセンターファミイの中でパソコン教室をやっていた方に、午前中、事務できていただくことになったので、パソコン教室もそっくりそのまま引っ越ししていただいて、私の隣に来てもらいました。

高齢者のためのパソコン教室です。月額6000円でいつでも来て帰ってもいい、すごく便利がいいパソコン教室です。

こういう看板も作って、「出前保健室、救護班もやります」と宣伝しましたところ、七尾市というところから、救護班の依頼が来まして、キャンナスのコスチュームで行ってきて、この時も、メーカーさんが協力して、栄養剤をたくさん下さったので、「元気で食べてますか運動」をやってきました。

私は、一応、日本静脈経腸栄養学会の代議員の末席にいるわけで、理事長の東口先生が数年前に「我々に地域における栄養の伝道師となれ」と言われたのでほんと言ったら、退職と同時に学会は退会するつもりでいたんですけど、それならばでは、わたしでも、地域で役に立つことがあるかなと思いまして、一応、「地域栄養ケアの拠点」と3本柱の中に入れました。

先ほど、先生からご紹介がありました巣鴨でのキャンペーンに参加させていただいて、実は健康フェアをやっているのですが、その時にやらせていただいたのが、先ほど先生が、ご紹介くださったことで、「ツ・ナ・ガ・ル」の中にも書いてあるので、また、皆さんご覧ください。

その時に、七尾とか、福井のみんなの保健室の方も手弁当で来てくださったし、今日も会場に見えて下さってますが、金沢の「くでん」の櫻井さん口伝の桜井さんとかも来てくださっています。

この日をきっかけに地域の栄養士さんが、午後から2時間ボランティアで来てくれて、うちのお野菜を使ってスイーツを作ってくれます。次の日のおやつも作っていってくれます。本当にボランティアで来てくださっています。

これが、今の「みんなの健康サロン海凪」の全貌です。

これらのことをやっています。私が常勤、法人代表ですから、常勤ですけど、パートのナースが一人、パートの事務員が一人、ボランティアが3人、時々、手伝いに来てくれる方が数名でやっている小さな法人です。

これからの地域は、元気な高齢者や障害者の可能性を見出し、高齢弱者が生きがいを持って社会参加できるような仕組みを作ることが必要だと思っております。その時、私たち、専門職が主導権を握るのではなく、私たちが黒子になってその人たちが生き心地の良い町を作っていくためにお手伝いをしていかなければいけないと思っています。

私は、ずっと病院の中でチーム医療をやってきました。今は地域がエリアで、ショッピングセンター「ファミイ」の皆をチームと考えて、これからも「地域にあったらいいな」を叶えていきたいと思っています。

皆さん、ご自身の地域を愛しておられますか? 愛してください。その地域で生ききる自信がありますか?もし、生ききる自信がなかったら、地域を愛してください。そしたら、そこで、最後まで頑張って、生ききろうという気持ちになると思います。もし、そこら辺のところがわかんない人がいらっしゃいましたら、いつでも、私のところに見学に来て下さればと思います。羽田空港から1時間で来れます。私は飛行機が苦手なので新幹線で来たんで、新幹線だと2時間半、金沢までかかって、そこから、2時間車で来なきゃいけないのですけど、金沢まででもお迎えにあがりますのでいつでも能登のほうにお越しいただければと思います。どうも、今日はありがとうございました。

< テキスト化 坪根恭子 Tsubone Yasuko 多摩平の森の病院 言語聴覚士>

 

 

 

 

関連プレゼンテーション

  1.  高山かおる:人生100年時代の到来を自分の ‘足’ で迎え撃つ

     高山かおる:人生100年時代の到来を自分の ‘足’ で迎え撃つ

  2. 飯塚 宏明:穴があったら掘って埋めるのは歯科医の仕事じゃない

    飯塚 宏明:穴があったら掘って埋めるのは歯科医の仕事じゃない

  3. 釣舟晴一:演劇を通して『人としての認知症』を伝えたい

    釣舟晴一:演劇を通して『人としての認知症』を伝えたい

  4. 渡部勝:伴に あゆむ

    渡部勝:伴に あゆむ

  5. 笠間和典:糖尿病を手術で治す!

    笠間和典:糖尿病を手術で治す!

  6. 宿原寿美子:~Hand in Hand~ 死化粧師の立場から想う事。

    宿原寿美子:~Hand in Hand~ 死化粧師の立場から想う事。