千葉 明日香:病院勤務×在宅医

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病院勤務×在宅医

地域には自分らしく幸せに暮したいという当たり前の願いと共に、病気、貧困、災害、格差など健康で文化的な生活を脅かす困難があります。人は生まれ、暮らし、いつか死を迎えます。医療や介護は誰もが安心して暮らせる街の基本機能のひとつです。
私の職場は先の震災で付属クリニックが全壊し、訪問診療を継続するために「在宅療養支援病院」の届出を行いました。生命を救う病院医療と生活を支える在宅医療。その両者の立ち位置を持つ利点を活かした仕事をしたい。家庭医として外来や病棟でも働く中で病院スタッフに在宅医療を伝える事を縦糸、地域に出て介護事業所や地域の方と協働する事を横糸に、ゆったりと温かい包容力のある布を織るイメージで、この地域に在宅医療のネットワークを作りたい。人生の喜怒哀楽を糧に自身も成長しながら、地域住民の日常生活を支える在宅医療をライフワークにしたい。小さな在宅療養支援病院で働く小さな在宅医の想いです

千葉 明日香 CHIBA ASUKA

長町病院 医師

病院勤務×在宅医

皆さんこんにちは、長町病院の千葉 明日香です。私は家庭医療を専門とする医師で、ライフワークは在宅医療です。
在宅医療は通院が困難な患者様の生活の場……ご自宅であったり、施設であったり、生活をされている場に足を運び、地域の宅職種と共同して、生活を支える医療です。
長町病院は仙台市太白区長町の駅前にある、内科とリハビリ科の135床の民間病院です。在宅医療支援病院という認可を取り、約100名の患者様に訪問診療を行っています。(スライドを参照しながら)このスライド、今日も会場に来てくれている私の大事な同僚たちです。
私は神奈川県で生まれ、18の時に仙台に来ました。平成元年のことでした。地元の大学を卒業し30年の年月が過ぎ令和を迎え、今年4回目の年女を迎えました。この街で働き、子供を育て、私も地域住民の一人として生きてきました。
30年の中では、父の急死や母の病、夫との別れ、流産、転職、あの震災など、最中では困難に感じたこともたくさんありました。でもすべて振り返ると、人生の糧になりました。人は皆生まれ、暮らし、そしていつか死を迎えます。多くの出会いやご縁・別れがあり、その中で喜怒哀楽を超えていくのが人生です。地域や社会は人生の舞台であり、医療や介護は暮らしやすい地域社会を支える基盤となる機能の一つです。
研修医のときに在宅医療を知り、いつか在宅医になりたいという夢ができました。当時はまだ在宅医療は保険診療になったばかりでとてもマイナーでした。
どうすれば在宅医になれるのか、それすら手探りの時代でした。夢が叶うまでには紆余曲折がありましたが、お世話になった先生の
「お前は在宅医になると良い。きっと天職だから」
いただいた言葉を手放さず、夢をあきらめずに毎日を過ごしてきたら、いつしかライフワークになりました。
適切な診断治療を行い命を救う病院医療、病気や障害のある方の日常生活を支える在宅医療、その違いを相互に理解しながら、人々の生活や命を守るという共通の目的のために、良い連携を取ることが求められていると思います。
病院に在宅医療を知っている人が増えたらうれしいと思い、学生や研修医、院内のスタッフに在宅医療を伝える取り組みを続けてきました。
その一方で、医療とは違う立ち位置から在宅医療を支えている方の話も聞きたい。そういう方とつながりたい。そう思って少しずつ病院の外に出て、いろんな活動に参加をしてきました。
介護や福祉の現場にも、地域にも、真摯に前向きに良い仕事を続けている方がたくさんいることを知りました。 ささかまハンズとの出会いも、そのような中で得た大切な出会いの一つでした。
今では退院を心配する患者さんに、「大丈夫。地域には素敵な人がたくさんいるから、きっと支えてくれますよ」。心からそう伝えられるようになりました。
人を支えるにはその方の誇りや価値観への敬意が欠かせません。何をして生きてきた人なのか、何を大切にしている人なのか、耳を傾け対話することから在宅医療は始まります。
作家の平田オリザさんは、「対話とは他者との異なった価値観の摺り合わせ。摺り合わせの過程で自分の当初の価値観が変わっていくことを潔しとすること。
あるいはさらにその変化を喜びとさえ感じること」そう述べています。
事例を一つ紹介します。60代の男性Nさんです。Nさんはタクシードライバーでした。専業主婦の奥様と、ご近所で飲食店を営む娘さんご家族と仲良く暮らしていました。
ある日突然、脳梗塞がNさんを襲いました。救急車で運ばれ集中治療を受けましたが、右半身に重い麻痺が残りました。半年入院のリハビリを経て、ようやく座って食事が採れるようになって、自宅に帰りました。
ご自宅に帰ったあとの訪問診療開始がNさんご夫婦との出会いでした。 娘さんと奥様がNさんの日常生活を支え、近所の居酒屋にまた行きたい、生まれた孫を自分の膝の上で抱きたい、そんなちょっと先の目標を持ちながら、お家に帰ってからもコツコツとリハビリを続けていました。
退院して4度目の冬が来ました。右足の小指の色が紫色に変わり、痛み始め、まもなく小さな皮膚潰瘍が出来ました。病院嫌いのNさんを説得し、創傷ケアセンターの外科専門医の先生の外来を予約し、受診していただきました。
閉塞性動脈硬化症。血の巡りが悪くなったことでできた皮膚潰瘍でした。
「救命のためには足を切断することを勧めます」外科の先生からのお話しでした。
その日の外来では決心がつかず、自宅に帰ってきて後日2度目の受診をすることになりました。次の訪問の時に、このまま血流の障害が進むと壊死が脚全体に広がってくること、強い痛みが生じること、傷口からばい菌が入ると、命取りになる可能性があること。
「片脚を失うとしても自分のため、家族のために生きる道を選んでいただきたい」
私の思いも伝えました。
「分かりました。よく考えて、来週また受診します」
そう言うNさんの顔を見て、私はほっとしていました。でも、Nさんご夫婦の思いは別のものでした。
創傷ケアセンターの受診をして、手術は受けないつもりだと話をしてきました。いつもと変わらない穏やかな顔で、穏やかな口調で伝えられて、自分の頭の中が真っ白になるのが分かりました。
なぜですか、と訊くと、
「だって、足がなくなったら仕事に戻れないではないですか」
そう答が返ってきました。
一家の主として、いつか仕事に戻らなければならない。そう思っていたNさんの、強い思いを改めて知りました。
「手術をする危険も大きいと聞きました。手術をしてもしなくても、長く生きることは難しいかもしれないと、外科の先生はおっしゃいました。私は主人の決めたことを尊重したいと思います。隣で奥様もおっしゃいました。
ケアマネの呼びかけで、在宅訪問診療に関わるスタッフがNさんの家に集まり、サービス担当者会議が開かれました。
「良性疾患のターミナルケアとして、Nさんの在宅診療を最後まで支えましょう」
それが担当者会議の結論でした。
訪問看護師はいつも笑顔で訪問し、点滴や傷の手当を手際よく行いました。
薬剤師はモルヒネの管理も、処置の物品の手配も、いつも迅速に正確に行いました。
「配達のときの思いやりある一言にとっても救われるの」と、奥様から何度も話をいただきました。
入浴のスタッフは、脚が真っ黒になり、悪臭がするような進行期の壊死の状態になっても、気持ちの良いお風呂を届け続けてくれました。
誰よりもNさんが気を許し、心の絆があったリハビリの療法士は、体が起こせなくなってもベッド上でのリハビリを続け、生きる希望を届けてくれました。
5月も終わりに近づいたある日、穏やかな1日を終えて、夕刻静かにNさんは息を引き取りました。
49日が過ぎて、奥様に会いに行きました。
「主人はね、私と出会うまで身寄りもなくて、孤独な人だったんです。でも人生の最期に、こんな温かい人達に出会って逝ったから、後悔はないです」
まっすぐに伝えてくださる言葉を聞きながら、心から私も感謝し、頭を下げました。
その方の居る場で、病院でも、自宅でも、在宅でも、必要なケアが切れ目なく提供されることが何よりも大事かもしれません。
個別性や多様性を大事にするなら機微なケアも、議論や科学的根拠を元にした医療も、どちらも大切な命や生活を守る、同じ目的のために働かなければと思います。
(スライドを参照しながら)この色紙、実物はこのぐらいの小さなものです。20年前に担当した、アルツハイマー型認知症の患者様が書いてくださったものです。
もう進行期の認知症で、徘徊をしたり失禁をしたり、そんなこともある方でした。
書道の先生だったその方は、私のことを孫のように往診に行くと「あすかちゃん」と呼んでくれる方でした。
「二十代は美しく 三十代は強く 四十代は賢く…私は賢く生きれているだろうか? 五十代は豊かに 六十代は健やかに 7十代は和やかに 八十代は愛らしく」
時空を超えて、亡くなったその方がこれからの歩みをそっと教えてくれる気がするのです。
最後に、私の大好きな谷川俊太郎さんの詩から一節借りて、話を終わりたいと思います。

「生きている いま生きているということ 泣けるということ 笑えるということ 怒れるということ 自由ということ 生きている いま生きているということ 人を愛するということ あなたの手のぬくみ いのちということ」
在宅医も地域の中で、優しい相互相乗を生み出す一人になれますように。そう願っています。ご清聴ありがとうございました。(拍手)

テキスト化 「ろくや」さん

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